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OITA no MIRAI
ピアニスト 前田健治
美への視線
初夏の勢い
/別府・内成棚田

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OITA no MIRAI 
 時間があれば江原啓之の本を読むのだそうだ。音楽との付き合い方がわからなくなった時救われた本でもあったとか。


 「音楽もスポーツと同じ。毎日毎日使わなければ、いろんな筋力や感覚がにぶってく、それはもう恐ろしいくらいに」と前田さん。練習曲にはピアノのレッスンなどでも馴染みのあるチェルニーをひいたりもするそうだ。この日はショパンのバラード4番。

乗り越えた先に見えてきた
音楽の素晴らしさ

 

ピアニスト

前田健治

maeda kenji

 園田高弘賞ピアノコンクール大分県知事賞・奨励賞、東京芸大音楽科学部ピアノ専攻・大学院をそれぞれ首席で卒業ー安宅賞・アカンサス賞・クロイツァー賞受賞、エリカ・ディヒラピアノコンクール優勝ーウィーン短期留学、ショパン国際コンクールエントリー出場など、ピアニストとしては申し分のないキャリア。首席で卒業した東京芸大のピアノ専攻には、大分県からは辛島輝治氏以来じつに40数年ぶりの合格者だったという前田健治さん。この若いピアニストに、今、本当に多くの期待が寄せられている。

 しかし、このキャリアの陰で、6年間という長い時間、ピアニストにとっては致命的とも思える両手の不自由に悩まされ続けた。「大学2年の時でした。その頃からコンクールやコンサートに挑戦し始める大切な時。CD録音のチャンスも結局見送るなど、精神的にも非常に辛い時期でした」と語る。そんな時、彼を救った恩師の言葉がある。右手に続いて左手が動かせない前田さんのために片手だけのレッスンを行なってくれた故・園田高弘氏の言葉だった。「レッスンを終え、先生にお辞儀をして部屋を出て行こうとした私に園田先生はたった一言『あせるな』と声をかけてくれたんです。それは言葉というより、”言霊“のように体の中にスーッと入ってきました」。手が動かない、そんなことは人生の中のほんのちっぽけなこと…そう思えるようになると、病気にも、ピアノにも、前向きになれたという。

 その後、演奏家特有の病気であることがわかると、ピアノによってかかった病気なのだから、ピアノで治そうという医師の治療方針で、ピアノによるリハビリが続けられ、支障なく動かせるまでに回復した。「私にとっては意味のある時間だったんでしょうね。片手だけで曲を弾くということはもう片方の分まで気持ちを込めて弾くこと。でもそれが表現できる可能性と音楽の素晴らしさを知りました。今ではコンサートでも時々左手のために書かれた曲を演奏します」。

 幼い頃、砂場で遊んでいるうちにどこからともなく聞こえていたピアノの音。その音にひかれるように楽譜も読めない前田さんが見よう見まねで近所の家のピアノを弾いていたという話。そんな彼の才能を見出した多くの恩師。確かに導かれて、今ここにある…そう思えてならないこの人のピアノが無性に聞いてみたくなった。うれしいことに、大分では8月22日(火)にiichiko音の泉ホールで彼の演奏が聞ける。

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