Vol.70 2015 AUTUMN

OPAM INTERVIEW

見えざるものが、見えるようになるまで
―神仏習合の思想を生んだ八幡神(はちまんしん)の歴史

別府大学文学部教授
別府大学地域連携推進センター長
大分県立美術館開館記念展vol.2
「神々の黄昏」実行委員会委員長

飯沼 賢司

 神様とは目に見えない存在であり、古来から人々は、その姿を何か形あるものに宿して信仰してきました。律令国家の形成期にあった日本には、大陸から多くの渡来人たちが移住してきましたが、この頃、彼らが戦で用いた8つの旗(幡)に神を宿したのが「八幡神」のはじまりです。そして、その八幡神が登場した場所こそ、宇佐だったのです。

 奈良時代の宇佐は、大和朝廷とそれに服従しない九州南部の隼人(はやと)たちが衝突する国境地帯にありました。720年に「隼人の乱」が起こると、八幡神は国境を守護する神と崇められ、その名のもとに多くの殺生が行われます。すでに発展していた仏教の教えでは、殺生を行えば、疫病などで多くの人が亡くなるなどの報いがあると言われていました。神は自らが引き起こした殺生の報いから人々を救うため、仏教に帰依し、放生会(ほうじょうえ)※1を行います。これが「神仏習合」という思想の発端なのです。そもそも八幡神は、天津神(あまつかみ)・国津神(くにつかみ)※2のどちらでもなく、誰でも信仰できる神様でした。そこに「誰もが救われる」という教えの仏教が結びつき、身分性と地域性の枠を超えて、平等性の高い八幡信仰が日本各地に広まっていったのです。

 東大寺大仏の建立に際し、聖武(しょうむ)天皇が宇佐から八幡神を迎えたことは、八幡神が仏教に帰依したことを示す象徴的な出来事でした。宇佐から東大寺まで、神の宣託を受ける女禰宜(めねぎ)(女性神官)を神輿に乗せて行った話は有名ですが、この女禰宜は出家していました。この頃から、人々は神様を人間の形として認識するようになります。そしてやがて生まれたのが、「神像」なのです。今回の展覧会で展示される八幡神像は、もちろん当初のものではありませんが、八幡神自身が777年5月19日に出家したときの姿を伝える僧形神像です。

 宇佐に端を発するのは、単なる歴史ではなく、目に見えない存在である神様が、目に見える形=神像になるまでのストーリー。見えざるものを見つめようと精神を研ぎすますことは、美術を鑑賞する境地にも似ています。 「神々の黄昏」を通じて、慣れ親しんできた宇佐・国東半島の文化を、ぜひこれまでとは違う視点でご覧になってはいかがでしょうか?

※1 殺生を戒めるために、捕獲した魚や鳥獣を放す儀式。現在も宇佐神宮で行われている。
※2 神話に登場する神様は、地域に土着の「国津神」と天孫降臨(てんそんこうりん)の「天津神」に分類される。

催事名開館記念展vol.2 「神々の黄昏」
ー東西のヴィーナス出会う世紀末、心の風景(けしき)、西東
日時2015年 10/31(土)〜2016年 1/24(日)
10:00〜19:00(入館は18:30まで)、金・土曜〜20:00(入館は19:30まで)
※11月16日(月)、30日(月)、12月14日(月)、28日(月)、
 2016年1月12日(火)は展示替えのため休展(コレクション展は開展)
会場大分県立美術館 1階展示室Aおよび3階展示室B
観覧料 一般1,200(1,000)円、大学・高校生800(600)円、中学・小学生600(400)円
※( )内は20名以上の団体・前売料金
主催大分県立美術館開館記念展vol.2「神々の黄昏」実行委員会、
大分県立美術館、公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団
共催大分合同新聞社

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