Vol.62 2013 AUTUMN

Interview 大分県立美術館と“化学反応”起こしたい!!

INTERVIEW iichiko総合文化センター館長 中山欽吾氏 インタビュー

それぞれの人が意識を持って接することで、
何かが湧き上がってくるはず。

―「iichiko総合文化センター」と「大分県立美術館」一体を「大分県芸術文化ゾーン」と位置づけ、芸術文化に関する発信拠点として中心市街地と連携した取り組みを進めているんですよね?

美術館が音楽堂の隣にできる。しかもペデストリアンデッキ(高架になっている歩行者用の通路)で繋がるんです。「大分県立美術館」がどういう場所にあるべきかという議論がなされていた時、私は最初からここがいいと主張していたんです。ここなら音楽と美術を両方結びつけられる。駅や商店街からも歩いていけるし、終わってどこかで飲もうと思えば歓楽街が近くにあるし。そういう意味で最高の場所だと。

― 美術館と音楽堂が一緒の場所にある利点はなんですか?

過去の歴史をみると、芸術家同士が刺激しあって良い作品を創ったという歴史は多くあります。最近話題になったのが、作曲家・ドビュッシーが、印象派の絵描きさんや作家の人たちとの交流などを通じて、自分のイマジネーションを膨らませたという企画展がニュースになりました。芸術家がお互いに刺激を受けあって、自分の仕事のクオリティーがあがるというのはよく言われることです。絵と音楽は、切っても切れないようなかなり近い関係があるというのは確か。ただしお互いにとってどのような刺激を受けあうのは、人によって様々だし、受け取り方も様々だと思う。

― 何が生まれるかはお楽しみなんですね。

芸術というのは、いろんな外的刺激を受けながら、自分の物にしていくことから生まれてくる。ただ何もない白紙の状態から、突然いい音楽や絵は浮かんでこないわけです。何かのヒントがある。そのヒントは、芸術のジャンルが違っていてもお互いに刺激を受けあうことから生まれることもある。それがまさにここで起こるでしょう。一般の我々も音楽や絵に触れるということを通じて、イマジネーションが膨らんでくる。目の前に絵もある、音楽もあるということで情操が高められる。感じ取る人が多ければ多いほど、いろんなアイデアや工夫が生まれると思います。

― 美術館も音楽堂も気軽に遊びに行けるような環境になればいいですね。

私は世界各地のいろんな美術館に行った事がありますが、外国では子どもたちが美術館ですごく自由に、とても楽しそうにしています。勉強にただ来ているというだけでなく、それ以前に子どもたちが作品に接するときに「ここから何を感じますか?」という先生の質問に“何を感じるか”ということを子どもたちが一生懸命考えている、ここが、大切。次世代を背負うのは、子どもたちだから。子どもたちにとってわくわくする場所は、日本に必要だと思います。

― オープン後の企画展も楽しみですね。

企画展は大切ですね。県と市の美術館には豊後南画のコレクションが多くありますが、そのコレクションだけでお客さんが来るかといえばこない。市の美術館も今、草間彌生でたくさんの人が見に来ているでしょ? アメリカでも有名な現代美術家が絵なのかよく分からないものなどたくさん作品として制作していますが、なぜ、それが素晴らしいかと言われているかを考えてみると、観る人の感じとる情報量がものすごく大きいからだと。どう感じたかを語り合うと感じた人全員が違う言葉になるんですよ。それが面白い。もちろん現代美術の他にもきちんとした展示もするし、いい絵と巡りあうことも多いと思います。スタートの時、新しい館長さんが、野心的な事をしようとするらしいということも聞いています。詳しい事はあえて聞いてないんですが(笑)。わくわくすると思いますよ。そのわくわく感を引き継がないといけないのが、大分にいる我々。その時に音楽堂が傍にあることをどううまく利用するのか。逆に音楽堂は美術館の隣にあるのをどう活かすのか、が問われていると思います。まだ答えは出ていない。それぞれの人が意識を持って接すると化学変化が起きて、何かが湧き上がってくるはず。それをお楽しみということですね。

PROFILE
中山 欽吾 Kingo Nakayama

大分市出身。大分上野丘高校から九州大学卒業後、三井金属鉱業(株)に入社。三井金属(米国)の社長に就任。バリトン歌手で養父でもある中山悌一の強い要請で、「二期会」(オペラや声学全般の振興を図る団体)に転身。大分県立芸術文化短期大学理事長兼学長、(公財)東京二期会常務理事も務める。

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