Vol.58 2012 AUTUMN

ワレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団

ワレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー歌劇場管弦楽団

 ロシアを代表する2人の偉大な音楽家、セルゲイ・ラフマニノフと、ドミトリ・ショスタコーヴィチ。ロシア革命、そしてソヴィエト連邦の樹立という激動の時代に生きながら、変わりゆく祖国を一方は脱出し、もう一方は国とともに生涯を歩む決心をします。しかし、どちらも最期まで祖国を憂い、音楽を通して故郷を想う作品を多く残したのです。
 今秋のiichiko グランシアタでは、歴史に翻弄された2人の作品を、現代屈指の指揮者ワレリー・ゲルギエフが率いる、マリインスキー歌劇場管弦楽団が奏でます。その音楽は一縷の希望か。それとも全てを覆いつくす絶望か。その答えを感じ取るのは、あなたです。

美しい街に捧げた歴史を映す交響曲

文:鹿児島国際大学 井手口彰典(音楽社会学)

お伽の街からやってくるオーケストラ

 モスクワから北西に約600km、サンクトペテルブルクはバルト海に面した美しい街だ。かつては帝政ロシアの首都として栄華を誇り、また今日までロシア文化の一大拠点となっている。モスクワを東京に喩えるならば、京都に相当するのがサンクトペテルブルク、と考えてよいだろう。北国の短い夏を満喫するためか、市内には柔らかなパステルカラーの建物が多く、まるでお伽の世界に紛れ込んだような印象を受ける。そんな街の一角にそびえるマリインスキー歌劇場もまた、萌葱色と白亜のコントラストが実に鮮やかだ。もとはロシア皇室によって設置された劇場で、チャイコフスキーの三大バレエもここで初演された。ソ連時代には「キーロフ劇場」と呼ばれていたが、ソ連崩壊後の1992年に現在の名前へと戻っている。
 そのソ連崩壊の前年、1988年に同劇場の芸術監督に就任したのがゲルギエフである。混乱の時代を乗り越え、「キーロフ」以上に「マリインスキー」の名を世界に知らしめた現代の名匠だ。彼の音楽はゴツゴツとしたロシア的な豪快さと、引き締まるかのような緊張感とが共存する希有なもの。近年ではウィーンフィルなど世界の超一流オーケストラとも共演、また多数の音楽祭でも精力的な活動を続けている。
 そんなゲルギエフ&マリインスキーが、いよいよ大分にやってくる。しかもソリストにはチャイコフスキーコンクールで優勝を果たしたデニス・マツーエフ。ソロパートがあまりにも難しいため滅多に上演されないラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を引っ提げてである。これほどの好機、クラシックファンならずとも逃す手はない。

栄華の陰にかくされた悲劇

 話をサンクトペテルブルクに戻そう。先ほどこの街を京都に喩えて紹介したが、二つの街は優れた伝統や文化を持つというだけでなく、長い歴史のなかで時に悲劇の舞台となってきた点でも共通している。たとえば1905年のロシア第一革命も、この街で起きた「血の日曜日事件」と呼ばれる惨劇が発端となった。日露戦争の煽りで社会情勢が悪化していた当時のサンクトペテルブルクでは、民衆が生活の改善を求めるデモを開催。ところが彼らに向けて軍隊が突然発砲し、多くの命が奪われてしまう。これを受けて各地で暴動が発生。事態収拾のため皇帝は言論や結社の自由を認める他なくなり、結果として民衆らによる「代表者会議」、すなわちソヴィエトが誕生した。またそのソヴィエトが政権を樹立した後にも、特大の不幸がこの街を襲っている。ヒトラー率いるナチス軍が街全体を約900日に渡って包囲し、100万人とも言われる死者を出したのだ。大分県全体の人口が120万人だから、それがどれほどの悲劇であったかは想像に難くないだろう。

第11交響曲、音による歴史絵巻

 そんなサンクトペテルブルクで生まれ育ったのがショスタコーヴィチだ。彼は故郷の街を題材にいくつかの作品をまとめている。ナチス包囲網のただなかで一部が作曲され、この街に捧げられた交響曲第7番、あるいは前述の「血の日曜日事件」を題材とする交響曲第11番などがそうだ。特に今回の演奏会で取り上げる第11番は、事件の経過を音楽で描写した巨大な交響詩的作品である。各楽章にはそれぞれの内容を示す標題が添えられており、また当時の革命歌なども多く引用されているので、予備知識さえ仕入れておけば誰でも音の大スペクタクルを満喫できるだろう。しかし他方、ソヴィエト当局(特にスターリンの独裁)にさんざん苦しめられた作曲者が、 そのソヴィエトの成立契機である事件を描くというのは、考えてみれば非常に意味深長であり、そうした「裏の意味」を探りながら楽しむことも可能だ。いずれにせよ第11番が聴く者に強く「何か」を訴える問題作であることは間違いがない。
 お伽噺のような美しい街。しかし、たとえようのない悲劇を経験した街。サンクトペテルブルクから来日するゲルギエフ&マリインスキーが我々にどんな音楽を届けてくれるのか、首を長くしてその来訪を待ちたい。


公演名iichiko presents ワレリー・ゲルギエフ指揮
マリインスキー歌劇場管弦楽団
日時2012年11月8日(木)
時間開演 19:00 終演 21:00(予定)
会場iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ
出演ワレリー・ゲルギエフ、デニス・マツーエフ、マリインスキー歌劇場管弦楽団
演目リャードフ/キキモラ
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第3番
ショスタコーヴィチ/交響曲 第11番
「1905年」
料金【全席指定】
GS席1万2,000円、S席1万円、A席8,000円、B席6,000円
学生割引半額(S〜Bのみ・25歳以下の学生対象)
お問合わせ(財)大分県文化スポーツ振興財団 TEL:097-533-4004

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