Vol.56 2012 SPRING

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、
演奏家として、また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界

最終話「子どもの人間形成に、直感的な良い加減で接する父」

 父が子ども達にヴァイオリンを教えるようになって50年を越えた。18歳で、鈴木鎮一(音楽教育家)の門を叩き、弟子入り。若い頃から音楽を通した人間教育、子ども達の成長に何よりも興味を持っていたんだと思う。
 父親は凄く変わっていて、親たちが「子どもが言うことを聞かない」と嘆くと、「聞かなくていいんだ」と答えるような人。なぜなら、「子どもは生まれて3歳までに親孝行は終わっている」と言い切る。子どもも人格を持っているのだから、親の思い通りになるわけがない。親の都合で押し付けられたものには反発するけど、子どもが自ら選んだものは、何とか最後まで行こうとするはずだと。父は、本人がわからない間にレールを引いているんだよね。そして、自分から望んでそこに行きたいと思わせる。僕も1歳11カ月ぐらいから楽器を持っていたらしい。知らない間におもちゃみたいに遊びながら、ヴァイオリンを弾くようになっていた。
 15歳で初めて海外留学する時も、ぽんと僕の目の前にお金を置いて、「これ使って遊びに行ってこい」と言っただけ。そう言われると、何か身に付けないといけないかもしれないと考えるし、楽器の講習会を自分で探したりし始める。あくまでも判断するのは僕であり、発想を生み出し、自分で考えることが大事という育て方だと言える。しかも、欠してせかしたりしない。親は時として、自分の子ども時代は棚に上げ、今の結果を求めることが往々にしてある。父は子ども達が何を考え、何をしようとしたか、どんな夢を描いたかというプロセスを大切にする。要はがんじがらめじゃなくて、いい加減、つまり良い加減なんだね。それは計算しているわけでも、マニュアルがあるわけでもなく、直感。大人は自分も子ども時代を経験しているのに、ほとんどの人がそのことは忘れているけど、父は未だに子どもと同じ感覚を持っているのかも。父自身が子どもなのかもしれないね(笑)。だから、一人ひとりの子どもに合ったものを適量に、"良い加減"に教えることができるし、子どもは楽しいから続くんだと思う。普通、先生方は自分が勉強してきた全ての知識と技術を教えようとする。それは正解を教えているわけで、世の中に嘘を教えている先生はいないけど、一人ひとりの子どもに合っているかどうかは疑問。
 父が子ども達に教えることは、人間形成として最も大事な善悪と夢、達成感、希望、責任感、さらに人類史上、最高で最強のコミュニケーションツールである"楽しい音楽"。僕の分析では、それ以外は必要ないと考えているように思える。そして、75歳の今も、楽しい人生を送っているんじゃないかな。

PROFILE
NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督

篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

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