Vol.54 2011 AUTUMN

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、演奏家として、 また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界
第十話「方言を持つオーケストラ」

 N響に入団したのは1997年。僕より若い時から在籍している団員も多いから、まだ新人だよ(笑)。なぜ、オーケストラに籍を置くのかと問われれば、作曲家の残した楽譜と対話が出来る場所を探した結果、辿り着いたと言える。作曲家が目指すものを提示したり、これが集大成だと表現するには、非常に乱暴な分別をするとシンフォニーかオペラになる。そうすると、我々演奏者はオーケストラに入らないと作曲家が真に目指したものが見えてこない。だとしたら、一つひとつの曲に対して、できるだけ多くの研究をした人やエキスパートとやる方が楽しいに決まっている。マーラーを得意とする人、ベートーベンを得意とする人など、いろんな人がいるけど、その曲を主なレパートリーとする指揮者が一番来ていたのがN響だった。僕の場合はオペラも好きだったけど、シンフォニーオーケストラそのものに非常に魅力があった。
 N響は伝統があり、僕が一番聴いているオーケストラでもある。なぜなら、NHKで放送されるから、地方にいても聴くことが出来る。面白い、記憶に残る演奏も一番多かった。入団してみると、レパートリーの多さに目ん玉が飛び出るほど驚いたね(笑)。「春の祭典」なんて、たった1日練習しただけで本番に掛けるんだから。それは無理でしょう、難し過ぎるでしょうと思っても、平然とやってのける。化け物みたいなところに入ってきちゃったんだなと。
 なぜ、そういうことが出来るのかというと、経験値の高い人がとても多いので、ノウハウの蓄積がすごい。伝承と楽譜の保存状態がいいし、これまでやって来た指揮者のものも全部残っているので全てがわかる。長きに渡って先輩たちがきちんと伝承してきた証だろう。そういう点でも、ものすごく大きな壁を感じたけれど、むしろそれが楽しいと思った。
 さて、これから先のN響は…。近年世界中がインターネットの発達で瞬時に情報が伝わり、今は何もかもがグローバル化されつつある。その波はオーケストラにも押し寄せて来ている。例えば、いろいろな国の人が入って来て、団員の構成も多彩になった。ところが、N響はそれとは少し違う。英語と同じように流暢にドイツ語を話す団員が多い一方、全員が日本人なんだよね。国際的なのに、単一民族なんてオーケストラは世界中探してもそんなにたくさんはない。
 実は僕はインターナショナルよりローカル、例えて言うならば方言をしゃべる方が素晴らしいと思っている。昔のオーケストラは、得意、不得意の差が大きいものもあったけど、それを上回る魅力的な特徴があった。この方言をしゃべらせたら、一番というような。そのオーケストラにしかない言い回しとか、なまりとか。これから、世界のオーケストラがグローバル化によって平均化される可能性がある中、N響は独自の道を歩み、唯一の個性あるオーケストラになれる可能性を持っている。方言を持つオーケストラにね。


PROFILE

NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督
篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

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