Vol.54 2011 AUTUMN

さあ、もうすぐベルが鳴りますー直前のプログラムをレクチャー

"アジア史上最高のテノール"が歩み出した人生の第2幕

テノール:ベー・チェチョル Bae Jae-chul
 12月22日(木)、iichiko音の泉ホールで行われるリサイタルは、感動の公演になること間違いなし! 病に冒されて声を失いながら、奇跡の復活を遂げた韓国人テノール歌手、ベー・チェチョルさんが来県します。大分でのコンサートを控え、先日、山口県下関市で声楽セミナーを開催中の彼に、直撃インタビューしました。
失敗も障害もなく成功を手にした人生の第1幕
 みなさん、「奇跡」を見たことがありますか? 常識ではあり得ないことが起こる、そんな不思議な経験をしたことがあるでしょうか?ないというのであれば、今年のクリスマスはiichiko音の泉ホールへ来てみてください。そうすれば、奇跡を目の当りにできるはず。一度は全く声が出なくなった歌手が、私たちに素晴らしい歌声を聴かせてくれるのですから。
 「歌は小さい頃から大好きで、教会の聖歌隊で歌っていました」というベー・チェチョルさんは、小学校5年生のときにTVの歌番組に出演して賞をもらったのがきっかけで、音楽の楽しさを知ることとなります。その滑らかな声は子どもの頃からよく褒められ、高校生で本格的に音楽の道を志すようになり、韓国の音楽大学を卒業。その後、渡欧してイタリアのヴェルディ音楽院を修了すると、音楽コンクールで優勝を重ね、1999年にハンガリーでプロデビューするという、音楽家としては順風満帆な人生を送っていました。それは、本人も認めるほどのものでした。
 「これといった失敗や障害がまったくなく道が開かれたのです。だからでしょうか、私が歌えばきっと聴く人の心に感動を伝えられるのだという自信がありました」
 ハンガリー国立歌劇場、トリノ市立歌劇場、パルマ市立歌劇場、マドリッド・オペラハウス、デュッセルドルフ・ライン歌劇場、サヴォリンナ・オペラフェスティバル…ヨーロッパの名だたるオペラハウスの舞台に立ったベーさんは、『トスカ』のカヴァラドッシ、『蝶々夫人』のピンカートン、『ボエーム』のロドルフォなどの役を務め、「アジアのオペラ史上最高のテノール」と称されるまでの成功を手に入れていたのです。オペラ歌手なら誰もが憧れる「スカラ座」の舞台も、夢ではありませんでした。
「声がでない」絶望の淵を経験。祈りを力に変えて
 ところが2003年、ベーさんは初めて声に異変を感じます。何度か病院に通ったものの異常は見つからず、明らかな不調が表れたのがその2年半後。ドイツの歌劇場で公演中、喉を触ると固いものが触れたのでした。診断の結果、甲状腺のがんでした。
 「医師には"手術をしても声の神経に支障はほとんどない"と言われていたのに、いざ切開してみると、想像以上にがんが広がっていて。がんを全部取り除くために、右の声帯の神経が切り取られてしまい、さらに横隔膜の神経も麻痺して、右の肺がまったく動かなくなっていたのです」
 手術の翌日、ベーさんは医師から「もしあなたが歌うとすれば、陸上選手が1本の足だけで走るのと同じです」と宣告されます。
 「すると私は"足が1本でも走ることはできる"と考えたのです」
 それは決して簡単なことではないし、時間もかかることだとは考えていたものの、実際には声を出すこと自体が想像以上に大変なことでした。術後10日目のテストの時、歌うことはおろか、声もかすれたものしか出なかったとか。このときべーさんは、「ひたすら腹立たしくて、悔しくてたまらなかった。歌以外の方法で生きていけるのか考えるだけで苦しかった」といいます。
 そんなとき、心の拠り所となったのが、キリスト教の信仰。
 「回復させてください、歌えるようにしてくださいとひたすら祈りました。そしてこうも言いました。"もう一度歌える声をくださるなら、最初に神に賛美を捧げます"と」
 毎週教会に通うほど敬虔なクリスチャンである彼は、「病を克服して再び歌えるようになれば、多くの人が奇跡を見ることになる」と、考え、歌えるようになる方法がないか、探り始めたのでした。
再起を賭けて日本へ。新しい声が宿り、復帰の道へ
 世界中の名医を調べた結果、「甲状軟骨形成」という声帯機能回復手術ができる医師の中でも、京都大学名誉教授の一色信彦氏が適任という結論に至り、2006年に来日したベーさん。声帯をミリ単位で調整する手術は、「まるで楽器を調律するよう」だったといいます。
 手術はうまくいき、リハビリを続けるうち、声は回復していきました。そして、翌年ついに、声を失った後に初めて人前で歌う機会が。ドイツの韓国人教会で、讃美歌の「輝く日を仰ぐとき」を披露することになったのです。このとき、それでもまだ上手く歌えないことの悔しさと、人前で歌うことの喜びで声をつまらせたベーさん。
 「昔の10分の1も声が出ないのに、聴いている人が感動してくれた。病気になる前は、歌が上手な人の中の1人でしかなかったけれど、今は、人々にメッセージを伝えられる立場になったのかもしれないと思うようになりました」
 そして2008年12月、ベーさんは3年ぶりにソロリサイタルで舞台復帰を果たしました。
 「つらいことは、その渦中にあるときは"いつになったら終わるんだろう"と思います。けれど、過ぎた道のりを振り返ってみると、"よくわたってきたなぁ"と思えます。1人でわたってきたならとても時間がかかったのでしょう。しかし、本当に多くの人々が私を助けてくれました」
奇跡を信じさせてくれる歌という祈り
 「再びオペラの舞台に立ちたい」という思いを持ち続け、今も"復帰"の途上にあるベーさんの歌声には、私たちの心を打つ何かが宿っています。そんな彼が、初めて大分の舞台に立ちます。どんなコンサートになるのでしょう?
 「大分でのリサイタルは、クリスマスの時期です。クリスチャンである私にとって、大事なお祝いのとき。もちろん、楽しい曲はたくさんご用意していますけれども、それだけではなくて、クリスマスに生まれたイエスキリストがどういう人なのか、誰なのかということも、音楽を通じて伝えていきたいと思っています」
最後に、大分で楽しみにしていることを聞いてみました。
「食べることは好きなので、何でも食べますが、日本なら寿司、お魚は美味しいですね!」
 大分は魚が美味しいですよ、と伝えると、「オー、ウレシー!」と日本語で答えてくれました。

 インタビューの後、リハーサルにお邪魔させてもらいましたが、祈るように歌うベーさんの歌声は本当に美しかったです。大分での公演、どうぞお聴き逃しなく。
INTERVIEW
ベー・チェチョル Bae Jae-chul

PROFILE
1969年、韓国生まれ。漢陽大学を卒業後、イタリアのヴェルディ音楽院を修了。1999年、ハンガリーにてデビュー後、ヨーロッパ各地の名門オペラハウスでソリストとして活躍。世界的にも貴重な「リリコ・スピント」の声質を持ち、日本では2003年に初登場。"アジアのオペラ史上最高のテノール"と称されながら、05年に甲状腺がんに倒れ、手術の際に声帯と横隔膜の神経を切断。声と右肺の機能を同時に失う。06年京都大学名誉教授・一色信彦医師による声帯機能回復手術を受け、08年教会などで演奏を再開。復帰CD「輝く日を仰ぐとき」などがある。
*12月21日(水) iichikoアトリウムプラザにてプレコンサートを行います。
iichiko presents ベー・チェチョル テノールリサイタル
日時 2011年12月22日(木) 19:00開演/18:30開場
会場 iichiko 音の泉ホール
出演 ベー・チェチョル、ピアノ伴奏:松崎充代
曲目 うつろの心(パイジェッロ)、涙流れるままに(ヘンデル)、この清らかな住まいよ(グノー「ファウスト」より)、からたちの花(山田耕筰)、アヴェ・マリア(シューベルト)、カタリ・カタリ(カルディロ)、忘れな草(クルティス) ほか
料金 S席5,000円、A席4,000円、学生1,000円
主催・お問い合わせ/
(財)大分県文化スポーツ振興財団 TEL097-533-4004

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