Vol.53 2011 SUMMER

ローマを舞台に繰り広げられる、愛の悲劇 歌に生き、恋に生きた歌姫の物語

グランシアタ待望の本格派オペラが、今秋やってきます。来県するのは、世界的人気を誇るプラハ国立歌劇場。演目がプッチーニの傑作「トスカ」とくれば、見逃すわけにはいきません。今回の特集では、そのみどころを事前レクチャー風にお届けします。

街の誇り、プラハ国立歌劇場

 スメタナやドヴォルザークなど個性的なオペラ作曲家を育て、モーツァルトの天才をいち早く認めた芸術の都プラハ。いまもプラハはアールヌーボーの典雅な建築がそこここに残る夢のように美しい街だ。その中心に威容を誇るのが、1887年に建設されたプラハ国立歌劇場だ。当時はドイツ語オペラを原語上演する目的で建設されたため、新ドイツ劇場と呼ばれていた。この時代には、マーラーやジョージ・セル、エーリッヒ・クライバーやクレンペラーといった名指揮者を招聘している。のちにスメタナ劇場と改名し、1992年から現在のプラハ国立歌劇場の名称になった。いまはプラハの街が誇る名門歌劇場だ。
 現在はドイツものからイタリア、フランス・オペラなど各国のオペラをバランスよく上演するインターナショナルな歌劇場。1996年に初来日してから毎年のように来日して、日本のオペラファンにもお馴染みの歌劇場だ。

プッチーニ円熟期の傑作「トスカ」

  ヴェルディと共に、イタリアを代表する作曲家であるプッチーニは、イタリア北部の町、ルッカの音楽家の家系に生まれた。「マノン・レスコー」でその才能を認められ、「ラ・ボエーム」では揺るぎない人気作曲家となる。その彼が円熟期の1899年に作曲したのが、ヴィクトリアン・サルドゥの戯曲をもとにした「トスカ」だった。戯曲「トスカ」は、当時パリで大人気を博していた女優サラ・ベルナールのために書かれた。サルドゥは、1800年当時のローマの歴史的史実を巧みに物語に組み入れ、いまもローマに現存する3つの建物(サンタアンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、ファルネーゼ宮、サンタンジェロ城)を舞台に、手に汗握るスリリングなドラマを創りあげた。オペラ「トスカ」は1900年に物語の舞台となったローマで初演された。

美貌のプリマドンナ、トスカの悲恋

「トスカ」の主人公は、ローマで最も人気がある美貌のプリマドンナという設定。彼女には画家のカヴァラドッシという恋人がいる。オペラの第1幕はカヴァラドッシが絵を描いている教会から始まる。彼は牢獄から逃亡してきた友人の政治犯アンジェロッティをかくまうことにする。そこに現れたトスカを巧く言いくるめて帰らせ、二人は隠れ家へと急ぐ。そこに政治犯を追って、警視総監スカルピアが現れる。罪なき人々を投獄し、ローマ中を恐怖に陥れているスカルピアは、トスカを我が物にしようと狙っているのだ。政治犯の逃亡にカヴァラドッシが関わっていると睨んだスカルピアは、トスカの嫉妬心を利用し、政治犯の隠れ場所を探し出そうとする。
 第2幕は宮殿内のスカルピアの執務室。彼は捕えたカヴァラドッシから、政治犯の隠れ場所を聞き出そうと拷問する。そこに呼ばれたトスカは、恋人が拷問されるのに耐えられず、政治犯の居場所を口にしてしまう。怒ったカヴァラドッシがスカルピアを侮辱したため、牢獄に送られる。恋人の命と引き替えに体を要求されたトスカは、迫ってきたスカルピアを食卓のナイフで刺し殺す。
 第3幕は牢獄のサンタンジェロ城の屋上。夜が明ければ処刑される運命のカヴァラドッシは、トスカとの愛の想い出にひたっている。そこにトスカが現れ、スカルピアを殺害したこと、その前に通行許可証を手に入れたことを話す。みせかけの銃殺のあと、一緒に逃げるつもりの二人だが、じつはスカルピアは殺される前に恐ろしい策略を仕掛けていた。恋人が死に、絶体絶命の窮地に陥ったトスカは、サンタンジェロ城の屋上から身を投げる。

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