Vol.52 2011 SPRING

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、演奏家として、 また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界
第八話「辿りつけない、それはベートーヴェン」

 単刀直入に、音楽家が避けて通れないのが、ベートーヴェンだと言える。  少し大まかだけど、バッハは宗教音楽、モーツァルトとハイドンは貴族のための音楽。人類は平等という博愛主義を語りたかったのがベートーヴェンで、哲学者カントに影響され、音楽もそうでなくてはいけないと曲を書き始めた。彼の師であるハイドンが作った作曲の基本を変えたことで、ベートーヴェン以後の作曲家は何でもできるということを知る。
 演奏する我々にとって、モーツァルトまでは、娯楽音楽の感覚で弾けるけど、ベートーヴェンはそれでは弾けず、分析が必要になる。小さい子や若い人には難しいと言われる所以だね。山に例えると、登山道がいくつもある、でも、一度登れたからといってもう一度頂点を目指せるかどうかはわからない。ベートーヴェンはクラシック音楽の基本であって、このとてつもなく高い山に登らずして、クラシックをやっているとは絶対に言えない。
 それだけに、出会う時期が凄く大事。僕は15歳で海外に留学した。当時、技術の習得を優先させる日本にいたら、もっと出会いは遅れていたはず。ウィーンでは、まずベートーヴェンのヴァイオリンコンチェルトが渡され、基礎をきっちり教育される。誰しもすぐに華やかな曲やテクニックを見せたがるけど、ベートーヴェンは、土台をしっかり作るために不可欠。そして、そこから精神面でも自分との戦いが始まる。忍耐強く、何度も何度も挑戦し、その度に挫折する。無理だとわかっても、そこから逃げられない。どうすれば乗り越えられるのか、自分と向き合う曲がベートーヴェンだと思う。
 コンサートでベートーヴェンを演奏しても、これ!という演奏が出来るのは一生のうちに何回あるだろうか。指揮者、団員、自分と三者が100面のルービックキューブを合わせるようなものだからね。
 ベートーヴェンの曲の中でも、僕が一番辿りつけないと感じるのが「第九」。解釈してもしきれない。何度やっても結果を出せない。年末になると必ず演奏され、歌われる。それでも飽きずに毎年舞台に上がる人がいて、毎年会場に足を運んで聴く人がいる。それがあの曲の魔力。
 一番美しいと感じるのは「ミサ・ソレムニス」。魂を洗われたような気持ちになる。ベートーヴェンの曲をOp.1から全部並べて聴いてみると面白い。すべての曲が交響曲第九番に達するまでの、まるで設計図のようだから。ベートーヴェンは宇宙人だね。ベートーヴェンが現れなかったら、クラシック音楽は、現在も未来までも残る音楽にはなっていなかったかもしれない。


PROFILE

NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督
篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

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