Vol.51 2011 WINTER

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、演奏家として、 また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界
第七話「ブラームス、マーラーと近づいた若き日」

 よく目上の人を敬え、年上に敬意を表せと言うよね。なぜなら、知識や技術は勉強の仕方で追い越すことができるけど、人生経験だけは追い越せないからだと思う。そこに、先人のいろんな話を聞く意味があるわけで、ウィーン留学中も僕は同世代だけじゃなく、お年寄りの友達もいて、びっくりするような体験が多かった。
 「僕の母はね、ブラームスに抱っこしてもらったことがあるんだ」とか、「わたしは子供の時に、マーラーに遊んでもらったことがあるのよ」とかね。そんな昔話をしてくれるのは年齢が60代から80代のおじいちゃんやおばあちゃん。当時18歳の僕からみると、化石みたいにしか見えなかった人たちの口から歴史上の人物の名前が出て来る。みんな事典の中のはるか昔の人たちだったのに、急にものすごく近い存在に感じた。会ったことはないのに、会ったことがあるような錯覚を起こすんだろうね。特に、僕がよく演奏するブラームスの話とかはショッキングだった。とても気難しい人と思っていたのが、子供を抱っこするなんて。シューベルトが通っていたカフェやレストランもあるし、座っていた場所も店の人が教えてくれる。そういう話を聞くと、ここで何を食べていたんだろうとか、興味が湧いてくる。それを知ったからといって、演奏がすぐに巧くなるわけではないけれど、目には見えない何かがプラスになっているはず。ウィーンで聞いた音楽家の話は、僕にとっては貴重な財産になった。日本にいたら、いつまでも遠い存在のままだったと思う。
 現代社会は、知りたいことはインターネット等で調べればすぐに分かる。でも、それでは絶対に体験できないものがある、それは“その場の空気”。たとえば、世界遺産になっているウィーンのシュテファン寺院。ゴシック様式の教会はすごくきれい。ところが、あの広場に足を運んでみると、馬のウンチの匂いしかしない(笑)。でも、その体験が大切で、五感全部で感じ取ったものに勝るものはない、まさに百聞は一見に如かず。今、子供たちはバーチャルな体験が主流で、友情も愛情も正義も、ゲームの中。大人は子供たちに体験するチャンスをどんどん作ってあげないといけない。子供たちが成長する場所をどう作り出していくか、これは紀元前から大人に与えられたテーマ。子供の成長は大人が思っているより早い。大人がのんびりしていると、あっという間に追い越して立ち止まってしまうから。


PROFILE

NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督
篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

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