Vol.48 2010 SPRING

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、演奏家として、 また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界
第四話「生身のスーパーマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 1970(昭和45)年に大阪万国博覧会があったよね。その時に、世界には色んな国があり、日本人だけじゃなくて様々な人種がいることを知って、人間の歴史に興味を持ち始めた。世界史を学ぶようになってからは、メソポタミア文明に始まり、歴史を追いかけていくようになった。
 その頃には、聖書も読むようになっていた。普通は宗教として読むんだけど、僕にとって聖書はSF小説そのもの。手をかざしたら海が割れたとか、大洪水とノアの方舟(はこぶね)とか、すごく不思議で、面白い読み物だと感じて、世界中の宗教の本を読んだね。要するに、思春期は人間って何なんだろうと考える時期でもあって、神話や聖書、歴史上の人物、偉人たちが残した言葉や格言などにも興味を持った。
 でも、そういうものを知れば知るほど、喜怒哀楽の人間の感情は紀元前4000年の昔から今日まで変わっていないということに気付く。移動時間がどんどん短縮されたり、便利なものが次々に発明されたりと、文明は発達しても、人間はちっとも変わらない。そして、ずっと同じことの繰り返しだと痛切に感じたことは、戦争だった。それに気が付いた時に、人間は進化していない、つまんない存在だとまで思ったんだよね。
 でも、その気持ちを変えて、救ってくれたのが僕にとっては、レオナルド・ダ・ヴィンチと彼が残したものだった。ダ・ヴィンチを知ったのは、1974(昭和49)年、上野の東京国立博物館でのモナリザの日本初公開。長蛇の列と待ち時間で大騒動になっているというテレビのニュースだった。僕の目には、モナリザを美しいとは感じなかったし、むしろ眉が薄くて表情がコワかったけど、ダ・ヴィンチを百科事典等で調べていくと、とんでもなくすごい人だと驚いたね。いろいろなものを発明し、画家であり、建築家であり、医学も天文学もやってたわけでしょ。こりゃあ、とんでもない人だ、彼にはできないことがない。ダ・ヴィンチこそスーパーマンだ!限界を作るのは自分自身なのだと。しかも、ダ・ヴィンチは自分が発想したことを、あらゆる形にして残している。今までの僕の中のヒーローだったウルトラマンや仮面ライダーは、当然のことながら架空の人物。ところが、ダ・ヴィンチと言う、なんでもやれる生身の人間が存在していた。それは子供心にも衝撃的なことだったね。怪獣を倒したりはしないけど、なんでもできる、しかも血を流さないで。
 その時に、文明より文化が大事だという意識を芽生えさせたのが、ダ・ヴィンチだったのかもしれない。ダ・ヴィンチのお陰で、ヨーロッパに留学した時に、美術館に行くのが好きになった。彼が残したものの中で、鏡に写したように左右を反転させた文字が、秘密めいてて好きだった。かなり練習したけど、上手く書けなかったなあ。


PROFILE

NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督
篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコンクールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

このページのTOPへ戻る