Vol.47 2010 WINTER

特集 ニッポンのオーケストラ、NHK交響楽団。
1 長い伝統を今日に受け継ぐオーケストラ、その歴史を紐解く!
 音楽の教科書にも載っている山田耕筰が日本で最初のオーケストラ組織「日本交響楽協会」を発足させたのは1924(大正13)年であった。ところがこの日本交響楽協会、メンバーがうまく一つにまとまらなかったようで、わずか2年後には近衛秀麿を中心とした一派(といっても協会メンバーの大部分だったようだ)が離脱してしまう。「音楽は万人の心を繋ぐ」といった美談は、悲しいかな日本のオーケストラ史を最初の2年ほど眺めただけで、通用しないことがバレてしまう訳だ。
 さて、協会を去った近衛は1926(大正15)年、仲間の音楽家らとともに「新交響楽団」を改めて立ち上げる。新響は定期公演の傍ら日本放送協会とも出演契約を結び、その演奏をラジオに乗せて日本の洋楽受容を牽引していった。実はこの新響こそが、現在のN響の直接的な前身である。新響は1942(昭和17)年に財団法人「日本交響楽団」として改組、さらに戦後の1951(昭和26)年には現在の「NHK交響楽団」へと改称する。
 新響時代から数えれば80年以上の歴史をもつN響だが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。戦前には待遇改善を求める団員と音楽の質的な向上を目指す近衛らが衝突し、約20名の解雇者を出す事件が起きているし、戦争が始まると楽団の活動は国策や戦禍によって極めて困難なものとなった。また戦後も、当時新進気鋭の若手指揮者であった小澤征爾とN響団員とが上手く噛み合わなくなり、その結果いくつかの演奏会が中止になっている(小澤はその後、三十余年を経てN響と再演を果たした)。こうしたトラブルや苦境を一つひとつ乗り越えて、今日のN響はあるのだ。
2 どんな音楽家と、どんな演奏をしてきたの?
1957年11月22日 ベルリンフィルとの合同演奏会 カラヤン指揮
1954年4月14日カラヤン指揮 定期公演 1959年5月3日ストラヴィンスキー指揮 日比谷公会堂

 これまでにN響と共演した名演奏家を挙げるときりがない。世界的によく知られた名前だけをみても、戦前の新響時代にはルービンシュタインやチェレプニン(共にピアノ)、シゲティ(ヴァイオリン)らが、また戦後にはケンプ(ピアノ)、スターンやオイストラフ(共にヴァイオリン)、フィッシャー=ディースカウ(バリトン)らがステージに登場している。客演指揮者の顔ぶれはさらに多様だが、特にエポックメイキングだったのは「帝王」ことカラヤンの来演、またストラヴィンスキーやブリテンらによる自作演奏会などだろうか。
 長い楽団の歴史のなかには、後々まで語り継がれている伝説的な演奏会も少なくない。たとえば1947年のある演奏会では本番中に会場が停電してしまった。ところがこの夜の出演者であったピアニストのクロイツァーは、暗闇のなかでシューマンのピアノ協奏曲を弾き続けたというから驚きだ。また1960年には、戦後日本の復興を象徴するかのような世界一周の演奏旅行にも出かけている。現在とは社会情勢も交通事情も異なる当時、68日間をかけた大旅行は相当大変なものだったろう。実際、訪問先に楽器が予定通り届かないといったアクシデントも起きたようだ。しかし努力の甲斐あって公演は各地で好評を博し、楽団はさらなる躍進の足がかりを掴むことができた。こうして「日本のN響」は「世界のN響」へと成長していったのである。
 人々の記憶に残る演奏会は最近も行われたところだ。2004年10月の定期公演で、指揮者のアシュケナージが演奏中、指揮棒を自らの左手に突き刺してしまった。なんとか前半のプログラムを振り終えた後、アシュケナージは病院に搬送される。残された演目はチャイコフスキーの第四交響曲。困ったN響がとった苦肉の策は、コンサートマスターの堀氏が演奏を続けながら指揮もするという「弾き振り」のスタイルだった。モーツァルトやJ・シュトラウスならともかく、チャイコフスキーの交響曲で弾き振りが行われることはまずない。だが堀氏はこのチャレンジを見事に成し遂げ大喝采を浴びた。怪我をした指揮者には申し訳ないが、当夜会場に足を運んだ聴衆にとっては実に貴重な体験となったことだろう。

3 ラフマニノフとチャイコフスキー、注目ポイントはここ!
 今年のN響公演では、いずれもロシア出身の作曲家であるラフマニノフとチャイコフスキーが取り上げられる。ラフマニノフはチャイコフスキーより30歳以上若いが、活躍の時期はわずかに重なっており、互いを「偉大な先輩」「才能溢れる若者」と見なして親しく接していたようだ。実際、チャイコフスキーの訃報に接したラフマニノフは、すぐさまピアノトリオ第二番『悲しみの三重奏曲』を作曲してその死を悼んでいる。
 2人の作曲家は共にロマンティックかつ感傷的な作風で知られているが、とりわけラフマニノフのピアノ協奏曲第二番は旋律美のオンパレードともいうべき作品だ。第一楽章の仄暗い情熱、第二楽章の透明感、第三楽章のメロディアスな第二主題と、その豊穣な響きにはつい時間を忘れて聴き入ってしまう。以前は、『逢びき』という古い映画で効果的に使われたエピソードがよく引き合いに出されていたが、最近なら『のだめカンタービレ』の方が有名だろう。主人公の千秋真一がソリストとして初めてこの協奏曲に挑戦する過程が、ヒロイン「のだめ」とのコミカルなやりとりも含め、とても印象深く、活き活きと描かれていた。
 プログラム後半で取り上げられるチャイコフスキーの第五交響曲も、やはり旋律の美しさが聴きどころだが、ピアノが主役の協奏曲に比べ様々な楽器が活躍する。第一楽章は何といっても冒頭のクラリネットだろう。「循環主題」と呼ばれるこの重要モチーフを、どれだけ深く暗い響きで表現できるかが奏者の腕の見せ所である。また第二楽章はホルンの長大なソロで始まる。そこに寄り添う副旋律も含め、雰囲気にぴったりマッチした楽器選択は管弦楽法の大家チャイコフスキーの面目躍如だ。チャーミングな第三楽章は、中間部に現れる緻密な音型に注目。声部(パート)間を飛び交うこの細やかな動機を一糸乱れず演奏するのは、なかなかに困難なのだ。フィナーレは喜びが爆発するような音楽だが、単なる「バカ騒ぎ」で終わっては底が浅い。どう気品を保ったまま大団円を迎えるのか、N響の表現力に今から期待は高まるばかりである。
 ところで、このチャイコフスキーの第五番は、今年4月3日にデビュー公演を果たす「iichikoグランシアタ・ジュニアオーケストラ」が第一回定期演奏会で取り上げる曲目でもある。N響という大先輩たちのお手本が、子どもらの演奏にどのような深みを与えるのか。若草の芽吹く春の訪れを、今から首を長くして待つことにしよう。
1960年9月 世界一周旅行 ミラノ・スカラ座
松竹大歌舞伎 近松座公演 iichiko presents 大分公演

写真提供:NHK交響楽団

NHK交響楽団 大分公演
日時 2010年2月27日(土) 17:15開場/18:00開演
会場 iichiko グランシアタ
出演 ロッセン・ミラノフ(指揮)
デヤン・ラツィック(ピアノ)
NHK交響楽団
料金 GS席6000円、S席5000円、A席4500円、B席4000円、学生席(当日指定)2000円
主催・公演に関するお問い合わせ/
(財)大分県文化スポーツ振興財団
TEL 097-533-4004
ラフマニノフ
自作自演〜ピアノ協奏曲第2番&第3番 販売/ソニーミュージック
ラフマニノフ
自作自演〜ピアノ協奏曲第2番&第3番
販売/ソニーミュージック
 音楽史に名を残す音楽家本人の演奏を聴くことはできないが、ラフマニノフの時代には、録音技術も発展していたため彼自身の演奏が残っているという、貴重な音源。当時のままなので音質は若干粗いが、現在、耳にする多くの演奏に比べシンプルに弾きこなされた“自作自演”を聴いてみるのは興味深い。
チャイコフスキー
交響曲第4番、第5番、第6番 販売/ユニバーサル ミュージック
チャイコフスキー
交響曲第4番、第5番、第6番
販売/ユニバーサル ミュージック
 半世紀も前にレコーディングされたものにもかかわらず、ファンの間では「これを超える録音はない!」と騒がれている名盤。ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルが演奏するチャイコフスキー三大交響曲の決定盤だ。これで“チャイ5”の予習をぜひ。

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