Vol.45 2009 SUMMER

世界を舞台に演奏活動を続けている「マロ」さんが、演奏家として、
また一人の人間として、心に残った人々との出会いを語ります。

マロな世界
第一話「小倉の幼稚園の先生と、僕の絵」

 第1回目なので、親以外で僕の人格形成に一番影響を及ぼしたであろう人の話を。
 ある日、両親が幼稚園に絵の展示を見に行くと、ひとつだけ何を描いているのかわからない絵があった。テーマは「猫」。「かわいそうに、この子、猫の絵が描けなかったのね」と名前を見ると、“しのざきふみのり”。父は笑っていたけど、母は気にして先生に尋ねた。出来上がった絵を初めて見た時、先生も気になったらしく、「篠崎くん、これは猫の絵?」と聞いたら、「うん」と僕。「猫の絵は難しい?」と問う先生に、「ううん。この画用紙が小さくて入らなかった」と答えたそうだ。そこには、画用紙からはみ出さんばかりに、三色で毛のようなものが描かれていたという。どうやら僕は、モデルとなった猫を誰よりも長い時間触りまくっていたらしい。そして、その手触りを絵にしたのだった。またある時、「柱時計」を描いたことがあった。絵を見ると、今度は白い画用紙に白を塗り重ねているだけ。先生がその理由を尋ねると「時計のチクタクと、ボーンボンがむつかしい」とね。僕が描きたかったのは、柱時計の形ではなく、音を絵にしたかったのだ。しかし、そのどちらの絵に対しても先生は、「素敵ね」と言って、他の子供たちと同じように貼り出してくれた。
 さまざまな発想に対して、これが正解という基準はない。幼児期はいろいろな発想をするけど、大人の固まった頭で考えると、それは「NO」となる。子供の時には、あれしちゃだめ、これしちゃだめと親は叱ることに一生懸命。それも必要ではあるけれど、善悪に関係がなければダメと言う必要はない。子供の自由な発想を間違いと言わずに認めることができるか否かがとても大事で、僕の描いた猫も、別の角度から見たらまぎれもなく猫なわけだから。そうして他の人とは違う発想が幼稚園時代に受け入れられたことは、僕の人格形成において大きな分岐点になったと言ってもいい。もしその時、描き直しをさせられていたら、今とは違う人格になっていたかもしれないと思う。
 子供が最初に接するのは親で、次が周りにいる家族、そして幼稚園の先生。子供がどう育っていくかは、そこで決まるような気がする。僕が通ったのは、自宅から一番近かった小倉(北九州市)の「しんりん幼稚園」。先生の名前は松本先生。幼稚園児から見ると、おばさんに思えたけど、たぶん当時は20代か30代の若い女性だったはず。この子は変わった子だなと感じながらも否定せず、そのまま育ててくれた。この絵のことは両親にとっても強烈な印象として残っていたようで、大人になってから聞いた話です。


PROFILE

NHK交響楽団第一コンサートマスター/ヴァイオリニスト
iichikoグランシアタ ジュニアオーケストラ芸術監督
篠崎史紀(しのざき・ふみのり)

1963年、北九州市小倉出身。3歳の時よりヴァイオリンを始め、高校卒業と同時にウィーン市立音楽学院に留学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサートデビューを飾り、その後ヨーロッパの主要なコン クールで数々受賞。1996年、東京ジュニアオーケストラソサエティを立ち上げ、芸術監督を務める。
1997年、34歳の若さでNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。ソリスト、室内楽奏者、指揮者として国内外で活躍する中、2008年、iichikoジュニアオーケストラの芸術監督に就任。このコーナータイトルの「マロ」は二ックネーム。愛称の由来はそのうちご本人の口からお話しいただくことに。

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