Vol.44 2009 SPRING

OITA no MIRAI 大分新進芸術家紹介

写真家
南しずか
Minami shizuka

南しずか

レンズを覗くまっすぐな心で
企みのない純粋なものを
切り取る写真家。

 カリブ海に浮かぶ、トリニダード・トバコ。かつて植民地時代に、ヨーロッパ諸国から立ち替わり支配され、数え切れぬほどの奴隷が連れてこられた苦難の歴史を持つ国だ。それだけに、多民族による独特の文化が息づいており、とりわけ2月の「カーニバル」は、トリニダード・トバコの混沌とした魅力をよく現しているのだが、先日、そのカーニバルを題材とした写真展が開かれた。現地で、日本人で初めて。全60点に及ぶ写真のシャッターを切ったのは、南しずかさんだ。
  南さんは、5〜18歳までを大分県で過ごした。数学が得意な明るくはきはきとした女の子は、東海大学の航空宇宙学科へ進学。「何か空を飛ぶものをつくれたらなぁ」と大きな夢を描き、東京大学の名誉教授(当時)の下でも研究を手伝っていたという。ある日、その教授の元へNHKのドキュメンタリー班が取材にやってきた。1年間、教授を追っかけて番組をつくっていく行程を見ているうち、「飛行機をつくるのもドキュメンタリーだ」と閃くものがあったという南さんは一転、ドキュメンタリーの世界に惹きこまれてしまった。手法として写真を選んだ彼女は、ニューヨーク写真学校(ICP)へ入学する。
  ドキュメンタリーへ憧れる人々が世界中から志願するICP。南さんが受験した年も約600名の応募があり、合格したのはわずか10分の1。彼女はその1人にみごと選ばれた。しかし、生徒は新聞社に勤務しているなどの経験者がほとんどで、専門知識が英語で飛び交う授業もついていくのが必死。技術的なことも実践的なことも、体当たりでこなしていったという。そんな写真学校時代のある日、南さんは、学校を休んでトリニダード・トバコのカーニバルを体験しにいった。実は大学時代、テレビで〈スティール・パン〉を目にし、かなり衝撃を受けたことがあった。
  「100人くらいがいっぺんに同じ楽器を演奏しているその凄さ、それから音がとても南国系の優しい聞いたことのない音だったんです。そこに興味を引かれましたね」 このスティール・パン発祥の国が、トリニダード・トバコだったのだ。05年、07年、08年と計3度にわたってカーニバルを訪ね、彼女の心を捉えたものが写し出された写真。それがトリニダード・トバコ在住のある人の目にとまり、写真展『MINAMI+Carnival』が実現した。展示された写真のヴィヴィッドな衣装の色、無条件に幸福そうな人間の表情、祭の空気が帯びた熱ー。
  「純粋に楽しんでいる。それがいいんです。企みとかジェラシーとか、余分なものがまったくないから」
  それは、南さんがこれからも切り取り続けていきたいものだ。カーニバルやスポーツの現場で、被写体に「純粋で、ポジティブなもの」を感じたとき、写真家・南しずかの心はシャッターを切る。そうして生まれた作品は、世界中の多くの人の心を動かしていくことだろう。

みなみ・しずか 1979年東京生まれ。2002年、東海大学航空宇宙学科卒業。2005年、コーネル・キャパが設立したInternational Center of Photography卒業。2007年、グループ展『Veras Images Exhibision』。2008年11月、トリニダード・トバコで写真展『MINAMI+Carnival』を開催。現在はファットフォトズのメンバーとして、東京とニューヨークを中心に活動中。

カーニバル衣装画像

まるで炎がたっているような鮮やかな衣装。カーニバルの半年前に衣装が発表され、チームごとにみな思い思いの衣装を選ぶのだとか。リオのカーニバルのような派手さはないけれど、ユニークでエキゾチック
撮影:南しずか

スティールパン演奏画像

石油の産出国であるトリニダード・トバコで、かつて奴隷だった人々がドラム缶を使って楽器をつくったのが「スティールパン」。伝達の手段として、娯楽として魂の拠り所となったもの
撮影:南しずか

このページのTOPへ戻る