Vol.42 2008 AUTUMN

10周年公園アルバム 1998→2008
エモスタッフとともに

 1998年10月28日(水)午後7時過ぎ、グランシアタロビー、モニターから流れるクラッシック、感動の思いを表情いっぱいに、忙しく働くエモスタッフの中に私も加わっておりました。9月、10月、と2回に分けた研修を経ての、エモスタッフのデビュー。オーチャードホールの公演中を抜けて東京から駆けつけたのです。  10年経った今、オープニング公演、N響の曲目は思い出せませんが、その時の情景は開場前の準備から、開場して多くのお客様の華やかな雰囲気、盲導犬のお客様の案内、終演前の病人対応、おめでたい公演に目立たないように間一髪の救急車での送り出しなど……鮮やかによみがえって参ります。  東京にも他のどの都市にもない、独創的なエモスタッフ制度。大分の文化に対する熱い思いがつくり上げた、またサポートし続けた県民意識、素晴らしいボランティアスタッフです。人と接するのが好き、少しでも社会貢献して自分を磨きたい気持ちが、家族からの応援を得て日を追うごとに、さっそうとした身のこなしに、笑顔と言葉に表現されて、私の自慢のスタッフに変身していきました。年齢を超え、職歴を離れての仲間たちとの連帯感、達成感、この先もずっと持続することの意義を強く感じます。  今、環境の変化に伴い、個人の意識が変化し、そしてその変化のスピードが速くなって、価値観の多様化が進み、主導権、選択権がお客様に移行していると言われます。これからの10年を、全ての大分県民から指示され続けるためにも初心に戻り、ボランティアというよりは「おもてなしのプロ」という視点で、ホールという名の楽器が奏でる豊かな響きを大切に強い自覚と参加意識を求めます。  大きな感動は舞台から、でもそれ以上の思い出を、あたたかな思いやり、確かな対応、目配り、気配りで大分から「エモスタッフここにあり」と日本中に発信し、お客様だけでなく、出演者、指揮者、ソリストたちからも大きな信頼を得るようがんばって欲しいと願っております。

角屋里子(すみや・さとこ)

株式会社東急文化村 Bunkamuraオーチャードホールオープン当初より運営に関わり、レセプショニストマネージャーとして活躍し、現在は昭和音楽大学音楽学部音楽芸術運営学科アートマネジメントコース非常勤講師。iichiko総合文化センターの開館準備期より、エモスタッフの運営、指導に携わる。

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