Vol.42 2008 SUMMER

Musical instruments to read
読む楽器

笙

 天空から降り注ぐ光のシャワーのように、荘厳華麗な音色を生み出す雅楽器・笙。その全長は40cm余り、重さは400gにも満たないが、聴く者を一瞬にして、日常から異空間へと連れ去ってしまう強さがある。
 奏者は笙をスッポリと掌に納め、ちょうど祈りや合掌の姿をとって奏でるため、顔は楽器で覆われる形となり、前方を見ることは叶わない。その姿勢を保ったまま、ハーモニカのように吹いても吸っても音が出せる。そのため、合竹と呼ばれる煌びやかな和音を、寄せては返す波のように何十分でも鳴り響かせることが出来るのだ。無念無想・半眼で静かに深呼吸を続けているのと同じだから、奏者は次第に瞑想状態にも似たトランスの中へと、巧まずにして入ってゆける。
 笙の歴史は相当に古く、その記述は中国・殷代(BC1401〜1122年)の古文書の中にも見受けられ、タイの瓢箪笙、ラオスのケーンなど、日本の笙のルーツと思われる竹製の楽器は、広くアジアに分布している。日本へは約1300年前、仏教と共に中国から渡来し、以来、貴族らの嗜みとして、或いは宮中や神社仏閣の儀式音楽として、「雅楽」というジャンルの伴奏楽器としてのみ演奏され続けてきた。最近では現代音楽などにも登場し、メディアでも目にする機会の増えてきた笙であるが、つい十数年前までは、空港の荷物検査の際に係員に呼び止められ、厳しく説明を求められることもしばしばで難儀をした。
 笙の音色は極楽に棲まう鳳凰の鳴き声を模したのだという、ロマンティックな伝説のせいか、笙の端正なフォルムは、鳳凰が翼を休める姿を象ったものだとも言われている。
 楽器の構造は、桜材などで出来た〈匏〉という丸いお椀の上部に17個の穴が穿たれ、それぞれに竹管が差し込まれており、〈帯〉という銀製の止め具で、管がバラけないようひとつの輪にまとめられている。竹管の先端には〈さはり〉という金属で作られたリード、〈簧〉がついており(写真左・下部に見られる薄水色の部分)、吹き口から息を吹き入れることでこれが振動して、あの精妙な音が出る。簧には青石(マラカイト)の粉が均一に塗りつけられてあるが、これが息で湿ると音が出せない。奏者が夏も冬も火鉢を引き寄せ演奏中はおろか、吹く前後にも笙を炙り続けているのはそのためで、笙の演奏人口が少ないのも、その手間暇のせいであると言えなくもない。
 古典雅楽に於いては、神々しい和音でのみ演奏されることの多い笙であるが、繊細な単音で「赤とんぼ」などの童謡を吹くと、この上なく懐かしく、心に染み入るもの悲しい音が響く。ギターやピアノ、ヴァイオリンなど、西洋の楽器とも不思議と相性が良く、何にでも和すのだが、それでいて自身の中心を、凛として失わない。日本が育んだ日本の笙には、失われかけた日本人の優れた遺伝子が、今も活き活きと脈打っている。

文/笙奏者 藤井絵里 (ふじい・えり)

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