Vol.40 2008 SPRING

OITA no MIRAI 大分新進芸術家紹介

活弁士
麻生子八咫
Asou Koyata

無声映画に熱い生命をふきこみ観客と一体になる
それが活弁、それがエンターテイメント!

 10歳でデビューし、現在では海外にも活躍の場を広げている史上最年少活弁士・麻生子八咫。かつて小さな体に白いタキシードをまとい、師であり父でもある麻生八咫と一緒に観客をわかせていた少女は、自分の目でしっかりと将来を見据え、英語での活弁を武器とし、活弁界に新しい風を吹き込んでいる。「大分出身の師匠が地元で公演をする時、全部大分弁になるんです。地元の言葉を使うことで一気にお客さんとの距離が縮まるのを目の当たりにし、じゃあ私はもっと多くの人に活弁を見せたいのだから、世界で通用する言葉で活弁をやろうと思ったのが、英語で活弁をやり出したきっかけです」。06年よりカナダ・アメリカへ留学し昨年帰国。カナダとアメリカで、英語による活弁公演を開催した。演目は得意とするチャップリンの『冒険』と邦画『国定忠治』。公演前はしょっちゅう師匠に電話をかけ、演目の活弁を聞いてもらいアドバイスを受けていたという。「海外での公演は日本と観客の反応が違って面白いです。私が喋っている時でも観客が声を出して参加してくるんです(笑)。色んな意味で私自身が感動しました」。
  師匠の麻生八咫は、文部大臣賞を受賞した活弁士。ステージの上を走り、叫び、語りと唄以外でも観客を楽しませてくれる。彼らのその型破りなスタイルは、まさに〈映画ライブ〉と呼ぶにふさわしい。「師匠とは親子だからこその信頼関係があるので安心してついていける。絶対に嘘を言わないので、良い悪いの指摘も素直に聞けるし、食事の時間とかでも色んな話ができて、常に切磋琢磨できます」と、その絆の強さが伺える。子どもの頃、内気で大人しかった彼女に対し、幼稚園の行事に率先して参加し活躍する父は幼稚園中のヒーローだった。そんな誇らしい父の後を追って活弁士になった彼女。「とにかく喋らない子だったんですが、活弁のデビューで180度変わりました。デビューして一番変わったのは自分を表現する事の楽しさに気づいた事です。それから学級委員になったり、弁論大会にも参加したり、とにかく変わりました。活弁をしてきたから今の私がある。活弁は私を構成している大部分だと思います」。
  大学卒業後は、大学院にて勉強を続け、その後活弁士一本でやっていきたいという彼女。「何も知らずに活弁をやるより、たくさんの知識をふまえたうえで活弁をやる方が、その濃さが違うと思うんです。師匠のように豊富な知識をいかしながら活弁をやっていきたい」と語る。
  今後は中国語での活弁もやっていくという彼女は、活弁という新たな切り口で海外との掛け橋になっていくだろう。そして、今日もまた愛用の白いタキシードに着替え、未来同様、光り輝く舞台へとあがっていく。

プロジェクターでスクリーンに映写しながら、日々活弁の練習をしている。特にチャップリンの作品は彼女の得意とするところだ。

08年より高校の英語の教科書「ALL ABROAD! II」(東京書籍)にて、“A Young Katsubenshi”として掲載されている。

高校3年生の時に総合優勝した「文部科学大臣杯全国青年弁論大会」のビデオ。

デビュー時からずっと丈をつめつつ、使い続けている白のタキシード。彼女の歴史が刻まれている。

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