Vol.40 2008 SPRING

OITA no MIRAI 大分新進芸術家紹介

現代美術家
寺江圭一朗
Terae Keiichirou

自分=神様?!
存在を肯定する
作品をつくる

  生まれは広島県。絵を描くのは小さい頃から好きだったけど、「勉強が嫌いだった」というほうが正しい。また、大分に来たのは「別府に遊びにいく予定があったから、ついでに大分大学を受験したら受かっちゃった!」といういたってナチュラルな人。それが寺江圭一朗さんだ。
  大分大学教育学部美術科を卒業。学部時代はまったく作品をつくらなかったという。そもそも、教育学部にいながら「美術って学校教育に必要なの?」と考えていた性質。しかし、ゆくゆく教員になるのだったら、そんな考え方ではいけないと思い大学院へ。「美術って、何?」という問いに対しての答えを見つけるためだった。そんな寺江さんは、大学院に入り創作することのおもしろさを知る。
  「作品をつくるより、つくっていく過程を考えるのが好きなんです。絵だったら絵の具を使って描けばいいってわかるけど、アイディアを形にするにはどんな作品にするのか考えて、それをどうしたら完成させるかまた考える過程があって。そうしている時間が好きなんです」
  アーティストになるのも、いいな……そう思い始め、折りしも大学院の卒業が迫っていた頃のこと。福岡市の倉庫街の一角にあるアトリエ「三号倉庫」の募集を見つけると、それが憧れのアーティスト、風倉匠さんのつくったものだということを知り迷わず応募した。すると、ファイル審査で合格し、ここで住み込みの創作活動をすることになった。
  あるとき、彼の創作活動の根幹となるものがもたらされる。「自分の30代前の先祖って、何人いるか知ってる?」と聞かれたひょんなことがきっかけだった。
  「30代前の先祖の数は10億人。その頂点に立つ自分って、もしかしたらすごいんじゃない?!
って思ったんですよ。なんか神様みたいで。自分の存在が肯定できた気がした」
  それから誕生したのが、「先祖の大組体操」だ。これを皮切りに、彼は「自分の存在を自分に説明するための作品」をつくり続けている。そして昨年、東京・銀座のギャラリー58で個展を開いた。このとき、豆電球を数千個使って表現した「後光」を背負い、銀座のまちを歩いた。豆電球がすべていちばん強く光ると、中心にいる自分の顔は影になって見えない。
  「神様の顔って、見えないから……声をかけてくれる人もいれば、奇妙な目で見る人もいておもしろかった。本当は目立ちたいから声をかけてほしいんですけどね!」
  ごく自然体な素顔とは裏腹に、破天荒な作品を見せてくれる寺江さんは、まもなく三号倉庫での活動を終える。今後は福岡で、仲間とアートの発信拠点をつくりたいという。それから「行ったことのない土地ならどこへでも行ってみたい」という相変わらずのナチュラルぶりだ。
  寺江さんの作品には、彼の真摯な考えが込められている。が、どこか笑える要素も含んでいる。
  「自分の存在とか、僕がテーマにしているものって、重たいんですよ。それを重たく見せたくないから、最後に”なんちゃって!“ってつけちゃうような感じ」
  それは、彼の照れ隠しなのかもしれない。

大学時代は、絵に没頭せずもっぱらテニスばかりしていた。いまも愛用のラケットで気分転換することがある

「先祖の大組体操」。4000人の先祖の頂点にいるのは自分。自分は頂点でクス球を割っている。下の先祖を書いているときは、「はてしなくてクラクラした!」。寺江さんは、2005年のアーティストプロデュースに出展した

このページのTOPへ戻る