Vol.37 2007 SUMMER

Musical instruments to read
読む楽器

三線(さんしん)

 沖縄の楽器と言えば、まず三線が思い浮かぶだろう。漆で塗られた黒い棹に、蛇の皮が張られた胴。その胴には不思議な模様をした布が巻かれている。それはシンプルな造りで無駄がない。音色はそれを反映するかのように、素朴なやさしい音だが、芯の通った音を奏でる。
  三線の元祖は、紀元前のエジプトで出来た弦楽器だといわれている。時を経て中国に伝わると、胴に蛇皮を張った三弦になり、日本では今から約600年くらい前の室町時代に、中国から琉球に移住した人たちが琉球の士族たちに普及させたとか。沖縄の三線は、中国や薩摩、江戸のいわばVIPたちの接待のための芸能(組踊などの宮廷芸能)に使用される楽器として、身分の高い士族のたしなみとしてのみ使用された。
  三線が琉球で造られるようになってからも、材料が簡単には調達出来なかった。元来からの棹の材料は黒檀の木の芯の部分を使用しているが、使える太さになるには100年くらいかかる。蛇皮は沖縄には生息していないニシキヘビの皮を使用する。よい音を出すためには皮を強く張らなければならないが、湿気によっても皮の張り具合が変化するため、未だに職人の勘で左右する高度な技術を要するのだ。弦は絹糸を使用していたが、デリケートで切れやすく、庶民には簡単に手に入る代物ではなかった。
  大和では床の間に刀を飾るが、琉球では三線を飾ると言われるのも、武器を所有することを許されなかったからというのも事実だが、三線は士族でも金には代えられないほど、とても価値の高い物だったのだ。
  戦国時代あたりから、薩摩の金づるとして属国の扱いを受けていた琉球が、大政奉還後ひとまず琉球藩となり、それから沖縄県になったのが明治12年。宮廷芸能を一般庶民に公開して生計をたてる元士族も出てきた。これによって三線が庶民に急速に普及した。
  庶民達を主人公にしたアップテンポな曲で踊る雑踊りや、アップテンポな曲にのせて役者が科白や心情を表現する歌劇が創られるようになる。それが観客の心を掴むわけだが、エイサーも、三線を取り入れることで、バリエーションの富んだ芸能に進化していく。こうして三線は、沖縄の芸能に無くてはならない楽器になっていったのである。

文/沖縄芝居俳優 高宮城実人 (たかみやぎ さねひと)
1978年、子役として本格的に初舞台を踏む。以来、実父である北村三郎氏とともに沖縄芝居を中心に数多くの演劇公演に出演。組踊や琉球舞踊、琉球民謡の地謡(三線・太鼓・胡弓)としても数多くの公演に参加。8月24日(金)〜26日(日)にiichiko総合文化センターにて行われる「こどものための沖縄民俗芸能 キジムナーワークショップ」では、父北村三郎氏と共に講師をつとめる。
楽器撮影協力/仲嶺綾子(別府大学沖縄県人会所属)

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