Vol.35 2007 WINTER

特集 人形浄瑠璃 文楽 大分公演

Column

親子と恋人、それぞれの深き情愛

文楽研究家 高木秀樹 たかぎひでき

profile文楽研究家。歌舞伎・文楽同時解説放送イヤホンガイド解説者。劇場中継、副音声解説担当。NHK文化センター講師。著書に『あらすじで読む名作文楽50』(世界文化社)

 今回は昼の部に時代物の大曲『菅原伝授手習鑑』と景事の『釣女』。夜の部に世話物の人気曲『曽根崎心中』をご覧いただきます。  
  時代物は江戸時代以前の事件をテーマにした歴史ドラマで、登場人物も公家や侍といった、いわば時代劇。一方、世話物は江戸時代の現代劇で当時の庶民がモデルです。  
  そのように登場人物は変わっても、文楽で描かれるストーリーの基本は変わりません。それは、人の情・情愛を描いているということです。『菅原伝授手習鑑』では、政治の犠牲となり引き裂かれる親子の情愛を。『曽根崎心中』では、この世では結ばれなくても、せめて、あの世では添い遂げようとする、若い男女の情愛を描きます。

◆せまじきものは…

 昼の部『菅原伝授手習鑑』の菅原とは、平安時代の学者で政治家でもあった菅丞相・菅原道真のこと。丞相は政治的なライバル・藤原しへい時平の讒言により筑紫国に流罪となり、さらに丞相の若君・菅秀才の命が狙われます。時平側は若君を匿う寺子屋の師匠・武部源蔵に、若君の首を渡せと命じますが、源蔵は若君を救うため、新入りの寺子・小太郎の首を打って身代わりにしようと決意します。
  若君を助けるため、忠義のためとはいえ、何の罪もない子を殺さなければいけない苦しさ。源蔵は思わず「せまじきものは宮仕え(宮仕えなどすべきでない)」と本音を口にするのです。

◆どんでん返しの展開

 やがて、時平方から来る首受け取りの者。首の真偽を確かめる首実検の役を務めるのは、時平に仕える松王丸。実は、その松王丸の名付け親が菅丞相で、親兄弟も丞相の世話になり、彼は丞相に深い恩義を感じつつ敵方に仕えていたのです。そして首実検。首桶の中には若君でなく身代わりの小太郎の首。松王丸は「若君の首に相違ない」と言い放ったものの、憂いの表情。
  このあと物語は思わぬ方向へ。何と身代わりで殺された小太郎は松王丸の子で、彼は我が子が殺されるのを覚悟の上、寺子屋に送り込んでいたのです。すべては丞相へのご恩返しのため。これも忠義が生んだ悲劇でした。

◆近松屈指の名文

「曽根崎心中・生玉社前の段」写真提供/(財)文楽協会

 夜の部『曽根崎心中』。これは約三百年前、江戸元禄年間に初演された記念すべき世話物第一作で、それまで時代物ばかりだった浄瑠璃界に新風を吹き込み、記録的大入りとなりました。
  その大ヒットの原因は、当時話題の男女の心中事件、最新ニュースが芝居化されたこと。つまり今でいう、テレビのワイドショー的な要素が強かったのです。しかし、さすがは名作者・近松門左衛門で、単なるワイドショー芝居では終わらせませんでした。
  心中する男女の最後の場面、天神森の段では「この世も名残り夜も名残り〜」と続く近松の名文が胸を打ちます。そして死を覚悟した遊女お初が「早う殺して殺してと覚悟の顔の美しさ」で合掌しますが、このとき、今回もお初の人形を遣う吉田簑助師の目から、ひとすじ流れ落ちるものを見たことがありました…。

七世竹本住大夫の世界 第三弾―三大名作を語る
『菅原伝授手習鑑』寺子屋の段
竹本住大夫、鶴澤燕三/和楽舎 ST-0106(CD)

 現在の文楽トップで人間国宝・文化功労者の竹本住大夫師が語ったもの。師自身「自分は悪声やから」というように確かに美声とは言い難い。しかし義太夫節は美声だからいいとは限らない。本文でも述べたように、最も大切な「情を語る」の何たるかが判る一枚。

松竹ホームビデオ 歌舞伎名作撰10
『菅原伝授手習鑑』寺子屋
松本白鸚、中村鴈治郎ほか/NHK/NSDS-7869(DVD・VHS)

 これは文楽でなく歌舞伎の映像。この『菅原』ほか『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』など、おなじみの作品は元々、人形浄瑠璃文楽で生まれ、後に歌舞伎に移されました。歌舞伎のうち約三割は、こうした元文楽の作品なのです。両者を見比べるのも一興でしょう。

NHK日本の伝統芸能(2006年度)
日本放送協会、日本放送出版協会

 NHK教育テレビの番組テキスト。歌舞伎・能狂言と共に文楽も放送され、今年度の文楽は『菅原』寺子屋と『新版歌祭文』野崎村を取り上げている。(3月に再放送!)太夫・三味線・人形の各技芸員による芸談を交えての判りやすい解説、大分公演に出演の豊竹呂勢大夫・鶴澤清二郎の話あり。

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